計画研究3(A01)

 

 

西アジア先史時代における工芸技術の研究

 

 

三宅 裕

Yutaka Miyake
筑波大学人文社会系・准教授

研 究 概 要

彩色されたプラスター壁面片

 西アジアにおけるもの作りのあり方は、新石器時代に新たな展開を迎えます。それまでは石器の製作などに代表されるように、素材に物理的な力を加え、その形状を変化させることでもの作りがおこなわれてきました。それは打製石器であっても磨製石器であってもそうですし、骨角器などでもそうでした。ところが新石器時代へと移行する頃、素材を高温で熱して化学的な変化を起こさせ、その変化を巧みに利用する全く新しいもの作りのあり方が出現します。それを代表するものとして、石灰や石膏プラスター(漆喰)、土器、銅冶金術などを挙げることができます。こうした新しいもの作りのあり方は、パイロテクノロジー(加熱加工技術)と呼ぶことができるもので、それは現代の工業生産技術にまで連なる画期的な技術であったと言えます。
 しかし、これまでの先史時代の工芸技術研究は個々の遺物単位で完結してしまい、それらを総合的、横断的に検討する視点に欠けていたと言わざるをえません。つまり、土器なら土器、金属器なら金属器というように、相互の技術的関係をほとんど意識することなく、それぞれの技術を個別のものとして扱ってきたわけです。もの作りに質的な転換をもたらした「パイロテクノロジー」にしても、考古学の世界でその用語が定着するようになったのは、今からわずか10年ほど前のことにすぎません。近年、認識は徐々に変わりつつあると言えますが、その後も遺物単位での研究が依然として主流であることに変わりはありません。したがって、個々の遺物を産み出した共通の技術的基盤については十分な議論がなされていないのが現状です。

写真1 ハサンケイフ・ホユック遺跡出土の

石製容器と貝製ビーズ

  私たちの研究グループは早くからその重要性を認識し、平成15-18年度には科学研究費補助金の交付を受けて、『西アジア先史時代におけるパイロテクノロジーの起源とその展開』というテーマで研究を実施してきました。この研究ではパイロテクノロジーの起源の解明に重点を置き、西アジア最古の土器の様相が解明されるなど、多くの新しい知見を得ることができました。しかし、その一方でパイロテクノロジーが確立される過程や、銅冶金術のように新石器時代以降に大きく発展する分野については、十分な検討を加えることができませんでした。また、古代の工芸技術を解明するためには、その素材の物性や技術の実態を詳しく知ることのできる分析科学との共同研究が欠かせませんが、それも課題として残されました。そこで本研究では、こうした反省の上に立って、より広い視野から工芸技術の研究を進め、分析科学と密接な連携を保ちながら研究を進めることが企画されています。

写真2 ハサンケイフ・ホユック遺跡の発掘風景

 工芸技術の画期としてのパイロテクノロジーを理解するためには、西アジアにおけるもの作りのあり方を長期的な視野から検討することが必要になります。そこで、現在トルコ共和国において実施している新石器時代遺跡の発掘調査から出土した、あるいはこれから出土する打製石器、磨製石器、骨角器などの「旧来型」(非パイロテクノロジー)技術によって製作された遺物と、石灰・石膏プラスター製品、土器や土製品、銅製品のようなパイロテクノロジーによって製作された遺物の資料を集成・分析していきます。「旧来型」の遺物も対象に含めるのは、その中に石器の加熱処理のようにパイロテクノロジーへと連なる萌芽的技術が認められるからです。また、遺物だけではなく、「火のドメスティケーション」とも呼ぶことのできる炉跡や焼成遺構のような火の制御・利用にかかわる施設についても資料を収集し、パイロテクノロジーが成立する基盤となった技術について理解を深め、パイロテクノロジーが確立されていく過程を明らかにしていきたいと考えています。

写真3 サラット・ジャーミー・ヤヌ遺跡出土土器

 個々の遺物に関しては、①原材料の獲得、②製作技術、③遺物の用途、それぞれに注目して分析を進めます。①原材料の獲得に関しては、土器の胎土分析・鉱物学的研究、鉛同位体比分析(銅の産地)、石材の産地同定、②製作技術に関しては焼成温度や焼成環境の分析、③遺物の用途についてはデンプン粒分析、有機物残渣分析などを本領域研究における他の計画研究や研究機関と連携して進めていきます。それによって得られた新たな知見と考古学的な分析によって得られた分析結果を総合して、個々のもの作りの様相を解明することを目指します。そして、パイロテクノロジーという視座から、相互の技術的関連についても検討を加え、古代西アジアにおける工芸技術の特徴を浮き彫りにしていきたいと考えています。

 銅冶金術については、新石器時代以降に大きく発展を遂げるため、新石器時代だけでなく、それ以降の時代も射程に入れながら研究を進める必要があります。この分野の第一線で活躍している海外共同研究者と緊密に連携をとりながら、分析データなどを共有していきます。さらに、パイロテクノロジーの発展は、その後も鉄やガラスなどの生産技術へと連なっていくもので、必要であればこれらの遺物についても研究の対象にしていきます。また、専業化の程度など、生産様式の在り方も射程に含め、単に技術論に終始するのではなく、工芸技術の特性からそれを生み出した社会の様相にまで迫っていきたいと考えています。


 

研究代表者: 三宅 裕 (筑波大学・西アジア考古学・研究総括)
研究分担者: 松本 建速 (東海大学・考古学・土器の胎土分析)
研究分担者: 小高 敬寛 (早稲田大学・西アジア考古学・土器の分析)
研究協力者: 前田 修 (筑波大学・西アジア考古学・石器の研究)
研究協力者: Marie LeMiére (フランス、オリエント学研究所・考古学・土器の鉱物学的研究)
研究協力者: Ünsal Yalçın (ドイツ、鉱山博物館・冶金考古学・冶金術の研究)