計画研究12(A03)

 

 

西アジア古代遺跡の石器・土器の

組成・微細組織データベース

 

 

黒澤 正紀

Masanori Kurosawa
筑波大学生命環境系・講師

研 究 概 要

写真1: X線分析装置付き走査型電子顕微鏡

 石器・土器・ガラス・鉄器・骨材などの遺物には、原材料の確保や交易、製作のための蓄積技術、社会体制や美意識など、当時の豊富な情報が反映されており、分析や解析を通じてそれらが得られることは良く知られたところです。遺物に残された情報には、肉眼で判別できるものから電子顕微鏡でしか見えないものまで様々にあり、それぞれに応じた分析技術・解読技術が確立しています。この計画では、西アジアに広がる紀元前遺跡の出土物について、電子顕微鏡レベルで残された組織や組成の情報を解読し、原材料の確保と製作技術の解読、交易などについての情報の解読を試みるものです。微小な組織や組成の情報は、他のレベルでの情報とは異なり、遺物の人為的な情報(材料・作成・交易)の他に、遺物が地表に残されて埋没した後の自然科学的な過程の情報も含まれています。つまり、遺物が現在に至る過程で変化している様子も解読することができるわけです。また、遺物がどんな物質からできているかを正確に決定することで、考古学研究に対し大きな手がかりを与えることができます。
 研究内容は、X線分析装置を備えた走査型電子顕微鏡(写真1)を用いて、シリアとイランの石器時代の石器・土器・装飾品の化学組成と組織を分析し、必要に応じて加速器を用いた微量元素の分析を行い、その結果をデータベース化することです。走査型電子顕微鏡による研究はこれまでもよく行われてきましたが、最近数年間の技術開発と装置の進歩によって、遺物に表面処理や切断研磨などを施す必要がなくなり、以前は数時間以上かかった分析が数分でできるようになりました。そのため、大量の遺物を従来よりも効率的かつ正確に調べられるようになり、集約的な情報が少ない西アジアの遺物情報のデータベース化に大きな力を発揮することが期待されます。また、より微小な部分での組成分析が簡単にできるため、以前では気づかれなかった情報が次々と得られています。例えば、図1は石器の断面を分析した例ですが、見た目では石と判断された遺物も分析の結果、動物の骨と分かりました。また、表面に地下水から析出した炭酸カルシウム結晶などが表面に沈着している様子から、遺物は地下に埋没後、地下水の影響を受けていたことも分かりました。

図1: イランの石器時代遺跡出土遺物の電子顕微鏡写真。上は骨材に特有の組織が観察できる。下はX線による元素分析の結果で、アパタイトであることを示す。


 今回の研究の特色は、(1)考古学者と直接議論しながら、岩石・鉱物・セラミックスなどを扱う鉱物学の立場から石材と土器を中心に共同で分析を行うこと、(2)原産地推定・材料伝播につながる正確な物質同定を行い、形成や技術レベルの評価に有効な微細組織の情報など考古学的に有用な情報の分析法を開発すること、(3)得られた遺物情報をデータベース化して公表することです。(1)の考古学・自然科学の融合はこれまでも進められてきた方向ですが、現地調査も含め、日常的に議論しながら進められるのは筑波大ならでは組織といえます。人為的なものと自然に生じたものを区別するにも、考古学と自然科学の両方の観点から研究が必要です。(2)も (1)と関連しますが、考古学的に有用な情報を得るための手法開発には日常的な議論が欠かせません。鉱物学の立場からは当たり前すぎることでも、考古学研究にヒントになることもあるようです。(3)過去に多くの研究が世界的に進められてきましたが、西アジアの旧石器時代の出土物について、研究手法を含めた遺物の情報を集約して公表しているところは国内では極めて少数です。データベース化して、西アジアの文明黎明期における物質の伝播過程や流通経路につながる基本情報を提供することを考えています。


 

研究代表者: 黒澤 正紀 (筑波大学・鉱物学・総括、組成分析、組織分析)
連携研究者: 笹 公和 (筑波大学・加速器科学・微量元素分析)