計画研究4(A01)

 

 

西アジアの先史時代の石材供給に関する地質学

 

-南イランは古代人にとってどんな場所であったのか-

久田 健一郎

Kenichiro Hisada
筑波大学生命環境系・教授

研 究 概 要

  出アフリカを果たしたホモ・サピエンスは、アラビア半島南側を巡って南イラン・アルサンジャンに達したのでしょうか。あるいはネアンデルタール人がすでにそこで生活を営んでいたのでしょうか。その決着は今後の課題として、今地質学を通していえることは、そこはザグロス山脈の真っただ中にあったにもかかわらず、居住性に優れた洞窟が数多くあり、かつ生活必需品であった石器の優れた素材があったということです。
 本研究課題では、珪質ノジュールよりも優れた素材と思われる放散虫岩の、石器作成に果たした役割を質的・量的に解明し、古代人の社会の中での放散虫岩の意義を考察することを目的としています。

 

快適な居住空間: 鍾乳洞

南イラン・アルサンジャンにあるA5-3洞窟 

 いうまでもなく洞窟は古代人にとって、大事な生活の場であったはずです。洞窟は岩石中に生じた空洞ですが、空洞を作るためには岩石中のある一定の場所がもろくなって流れ去るか、溶解して流れ去るかいずれかの作用が起こらなければなりません。前者はいずれの岩石にも発生する断層運動がその原因となるでしょう。一方後者は、地下水による溶解ということで石灰岩が最もその影響を受けやすい岩石といえそうです。すなわち、石灰岩であれば、断層運動によって生じた割れ目を地下水が流れ、そこから溶解が始まり次第に広がって空洞ができる、これが鍾乳洞と呼ばれる洞窟の成因です。鍾乳洞として知られる洞窟は、雨水または地下水の溶解侵食を受けて石灰岩地に生じた空洞なのです。  

南イラン・アルサンジャンに広がる石灰岩地帯

 南イランには、中生代石灰岩地帯が大規模に広がっています。ところで、石灰岩はどのような海底に堆積するのでしょうか。石灰岩のような炭酸カルシウムからなる岩石を炭酸塩堆積物といいます。炭酸塩堆積物の形成は、①生物生産、②陸源性砕屑物の供給、③侵食・運搬・堆積のバランスによって決まります。そしてその分布は赤道地域から中・高緯度(~緯度60度)まで広がっており、熱帯性炭酸塩堆積物や冷温帯性炭酸塩堆積物と呼ばれています。さらに潮間帯から陸棚の浅海(水深200mより浅い)に形成された炭酸塩プラットフォームとして形成されたのでしょう。
現在から1億年前の世界の古地理図を見ると、その当時地球にはパンゲアと呼ばれる超大陸の分裂が加速度的に進行し、南半球から北半球にマイクロ大陸の北上が起きていました。その中で西アジアではアラビア半島の北上がおこり、インド大陸がユーラシア大陸に衝突したように、アラビア半島とユーラシア大陸との衝突でザグロス山脈が形成されました。おそらく南イランの石灰岩地帯はアラビア半島の一部あるいは周辺の浅海にできた炭酸塩プラットフォームであったのでしょう。

 

優良な石器素材: 放散虫岩

写真1: 石灰岩中に形成された珪質ノジュール

(やや黒色部分)

 炭酸塩堆積物が続成作用(岩石化する作用)の結果生じた石灰岩地帯には、石器の素材はあるのでしょうか。岩石の硬さは一般的にケイ酸SiO2の含有量で特徴づけられ、ケイ酸に富む岩石を珪質岩と呼びます;珪質頁岩や放散虫チャートなど。このほかにも黒曜石やある種の安山岩(日本ではサヌカイト(古銅輝石安山岩))やメノウやジャスパーなどがあります。これらの珪質岩が石器の適材になります。このほかにフリントの名前が挙げられますが、日本の地質学界ではこの語を使用することは稀で、成因的には続成作用の過程で生成された二次的濃集沈殿岩なので珪質ノジュール(団塊)と呼ばれることが多いようです(写真1)。フリントは元来イギリスに分布するチョーク中の黒色団塊状チャートに対して用いられた岩石名で、地中海沿岸地域にも炭酸塩岩中に発達しています。シリアでは石材に適した珪質ノジュールを多産します(写真2)。

写真2: シリアのフリント(珪質ノジュール。 背景のフリントの山積みは畑地にするために地中から掘り出された)

写真3: 放散虫岩
写真4: 石灰岩と放散虫岩の互層

 それでは西アジアには珪質ノジュールだけが、石材の素材に成り得るということでしょうか。実は、南イラン・アルサンジャンでは、珪質ノジュールとは異なり、広範囲に露出する石材の素材があるのです。それが放散虫岩です(写真3,4)。放散虫岩(radiolarite)は、米国の地質学用語解説書では「比較的堅固細粒チャート様で、均質に放散虫堆積物が固化したもの」というように説明されています。放散虫岩は、量的、質的にフリントよりも石器素材として優良であるようです。ただし、炭酸塩岩プラットフォーム形成場よりも深い半深海に堆積したので、今後アルサンジャンを含めた南イランで、放散虫岩がどのように空間的、時間的に広がっていたのか確かめる必要があります。
本研究課題は、地質学、特に堆積岩石学から南イランのアメニティに一石を投じるものです。また、紙面の都合でここでは紹介できませんでしたが、ビーズなどの装身具の素材として適した火成岩(オフィオライトの一部として産出)の分布についても検討します。


 

研究代表者: 久田 健一郎 (筑波大学・地層学・珪質岩の化学分析、総括)
研究分担者: 荒井 章司 (金沢大学・岩石学・オフィオライトの岩石学)
研究分担者: 鎌田 祥仁 (山口大学・古生物学・放散虫化石の年代論)