計画研究5(A01)

 

 

西アジア都市文明の資源基盤と環境

 

 

本郷 一美

Hitomi Hongo
総合研究大学院大学先導科学研究科・准教授

研 究 概 要

写真1: 家畜ヒツジの搾乳 (トルコ、アルトヴィン)

 羊毛など、家畜から得られる生産物と、その交易は西アジアの古代都市文明社会の重要な経済的基盤のひとつでした。本計画研究班は、終末期旧石器時代の定住化から食料生産の開始、農耕牧畜社会の確立、都市化に伴う生産集約化といった社会経済的変化に伴い、家畜化の中心地域だった「肥沃な三日月弧」の北部で動物性資源の利用がどのように変化していったかを明らかにすることを目的として研究を進めます。西アジアは、ヤギ、ヒツジ、ウシ、ブタといった重要な家畜の飼育が始まり、牧畜の技術が発達した地域でもあります。これまでの研究で、約1万年前に、現在のシリア北部、トルコ南東部からイランのザグロス山麓にわたる地域でこれらの動物が飼育され始めたことがわかっています。牧畜が生業の重要な基盤として確立するには、それから千年あまりかかっており、おそらく乳製品や羊毛など、肉以外の生産物の利用技術が発達したことで牧畜が生業の重要な基盤となったと思われます。農耕と牧畜による食糧生産が、古代都市文明社会の成立につながる社会システムの発達を促し、都市の生業的基盤となる一方で、食糧生産の拡大と集約化は野生動物資源の減少など、居住地周辺の環境変化をもたらしました。牧畜技術の発達により、家畜利用が徐々に集約化されるとともに、居住集落周辺の環境変化が進み、牧畜への依存はさらに強まったと考えられます。
 研究の対象は遺跡に暮らした人々が狩猟したり飼育したりし、乳や皮革や肉を利用した後、遺跡に捨てた動物の骨です。台所のゴミとして捨てられた骨からは、利用された動物の種類、野生動物か家畜か、殺された年齢や性別、動物のサイズや体格に変化があるかなど、さまざまなことを読み取ることができます。どのような部位の骨が遺跡のどこに捨てられているかを見ることによって、その区域に住んでいた人々の社会的な地位や宗教などがわかることもあります。動物が埋葬されていたり、その体の一部が飾られたり人の骨と共に出土したりした場合は、その動物に何らかの象徴的な意味を付与されていた可能性があります。


写真2: 家畜ヒツジの祖先種であるアジアムフロン (Ovis

orientalis)(トルコ、コンヤ Bozdağの保護区)

 本計画研究班は、国内外の動物考古学、安定同位体分析、古DNA分析などの物理・分子生物学的研究の専門の研究者からなるチームによる共同研究を進めます。出土骨の種同定や形態に関する動物考古学的な研究と、古DNAや動物骨に含まれる安定同位体の分析などを組み合わせることで、西アジアの過去1万5千年間の環境史と家畜化および家畜の伝播、家畜をとり入れたことによる生活の変化を明らかにしようとしています。
 研究期間内に取り組む課題の第1は、終末期旧石器時代の定住化から農耕牧畜社会の確立に至る、野生動物利用から牧畜依存への動物資源利用の大きな変化の過程を明らかにすることです。トルコ南東部のチグリス川上流域にあるハサンケイフ・ホユック遺跡は、終末期旧石器時代から先土器新石器時代A期にかけての遺跡です。出土した動物骨を分析することで、この地域の初期定住村落で狩猟対象だった動物が飼育されるようになる直前に、野生動物の利用にどのような変化が起こったかを調べることができます。一方、イランのザグロス山脈周辺地域も、ヤギとヒツジが家畜化された地域として有力視されており、この地域の遺跡から出土した動物骨資料の分析も進めます。
 第2の課題は、羊毛や乳製品などの動物由来の生産物の利用技術の発達により、目的に応じた家畜品種の成立などの生産の集約化、遊牧などの牧畜形態の多様化、生産物の流通のための社会インフラの発達などの社会経済的変化が生じた過程と、家畜の利用がどのように変化したかを調べることです。家畜化の進行と牧畜への依存度が急激に増大するPPNB期(先土器新石器時代B期)末までに乳製品利用が始まったと推定されます。また、西アジアで多様なヒツジの品種が現れ始めたのは紀元前4500年頃と考えられており、紀元前2500年頃までに、アナトリアと北シリア地域に羊毛生産用の大型のヒツジ品種が導入された可能性があります。共同研究者による古DNA分析、安定同位体分析により、家畜の系統と伝播に関する新たな成果を得ることが期待できます。

 

 

研究代表者: 本郷 一美 (総合研究大学院大学 ・ 動物考古学・研究総括)
研究分担者: 姉崎 智子 (群馬県立自然史博物館・ 動物考古学・出土動物骨の同定と計測)
連携研究者: 米田 穣 (東京大学総合博物館・先史人類学・動物骨の安定同位体分析)
研究協力者: Eva-Maria Geigl (Institut Jacques Monod・ウシ、ヤギ、ヒツジの古DNA分析)
研究協力者: Marjan Mashkour (パリ自然史博物館、CNRS・動物考古学・イランの遺跡出土骨の分析)