salat camii

 


サラット・ジャーミー・ヤヌ遺跡の位置

サラット・ジャーミー・ヤヌ遺跡は、チグリス河の支流のひとつであるサラット(Salat)川の左岸に位置します(図1)。郡庁が置かれているビスミル(Bismil)市からは東に約20km、ティグリス川との合流地点までは3km ほどの位置にあります。

この遺跡の存在は、ティグリス河のウルス・ダム建設計画に伴う水没予定区域の踏査により、アルガーゼ(G. Algaze)らによってはじめて確認されました。当初はサラット・ジャーミー・テペの名称で報告されています。2002年には、後の時代の集落である、近隣のサラット・テペ遺跡の発掘調査隊によって表採調査がおこなわれています。その後、水没区域の遺跡救済プロジェクトへの国際的な呼びかけに応える形で筑波大学の三宅裕を隊長とする調査団が組織され、2003 年に地形測量と表面調査が実施された後、2004 年から2010年までに、現地ディヤルバクル博物館との共同で発掘調査がおこなわれました。

遺跡の地形図を見るとわかるように、本遺跡は現代の集落の只中に位置しています(図2)。遺跡の上にはいくつもの家屋が建てられ、その際に土の採取や削平などによって地形は大きく改変されています。1970 年代に作製された地図では、遺跡はまだ集落の外にあり、高さ数メートルほどのテルを形成していたことが分かっています。現地形から遺跡の範囲を確定するのは困難ですが、表面採集調査の際に確認できた遺物の分布範囲や試掘調査の結果を総合すると、遺跡の規模は最大でも2 ha 程度であったと考えられます。これは、南東アナトリアや北メソポタミアの土器新石器時代の遺跡としては標準的な規模であるといえます。

ウルス・ダム水没地域内では、サラット・ジャーミー・ヤヌ遺跡を含め、現在までに5つの新石器時代遺跡:デミルキョイ・ホユック(Demirköy Höyük)、キョルティック・テペ(Körtik Tepe)、ハケミ・ウセ(Hakemi Use)、スマキ(Sumaki)が発掘されています(図1)。



ユカル・サラット村とサラット・ジャーミー・ヤヌ遺跡遠景


サラット・ジャーミー・ヤヌ遺跡の発掘区