バビロニア・アッシリアの「政治」と「宗教」
-領土統治における神学構築と祭儀政策-
研 究 概 要
近代西欧において成立した宗教概念、そして政教分離政策を自明視する者にとって、現代まで至るイスラーム政権の国家のあり方は奇異に見えるかもしれません。しかし、現代的視点から見た「政治」的領域と「宗教」的領域の混在は、実はイスラーム国家の特性ではありません。同様の状況は先イスラーム期の西アジア諸国家にさかのぼります。なかんずく、豊富な文字資料を擁する楔形文字時代(紀元前四千年紀末期から紀元後一千年紀初頭)については、「政治」的領域と「宗教」的領域が一体化していた具体的な様相を資料から見て取ることができます。
ただし、従来の研究では、例えば「王権の宗教的正当化」などといった「政治」と「宗教」がそれぞれ固有の類概念であることを前提としながら「宗教」が道具的に利用されたとする、極めてナイーブな解釈が横行してきました。さらに、そのような「王権の宗教的正当化」なるものが実際の領土統治においてどのように機能したのか、また高度に洗練された神学の形成においていかなる役割を果たしたのかなどと言った課題は、ほとんど研究されていない状況にあります。
本研究計画では、まず、「宗教」・「政治」概念の歴史性に関する近年の研究を総括したうえで、これら概念を分析のためのコンセプトとしてどのように活用できるか検討します。このうえで、最も資料が豊富な前二千年紀後半から前一千年紀中葉にかけてのメソポタミア(バビロニア・アッシリア)に重点を置きつつ、領域国家の領土統治と「宗教」的領域の関係を明らかにします。特に、国家運営の一環として形成された政治的神学、そして、効果的な領土統治を目指す戦略における「宗教」的領域の具体的な様相を明らかにします。このような研究のため、国家運営の行政記録と神学・祭儀に関する文書の両方を含む楔形文字資料、あるいは国家によって量産された土器や属領において改築された神殿の遺構などの考古資料を多角的に分析します。そのうえで、続くユダヤ・キリスト教の伝統、あるいはエジプトやローマ帝国をはじめとする隣接する時代・地域の国家の状況と比較することにより、先イスラーム時代の西アジア・東地中海世界全体の中にバビロニア・アッシリアの状況を位置づけ、現代に続く西アジアの「政治」と「宗教」を巡る問題の理解に転回をもたらすことを目指します。
研究代表者: 柴田 大輔 (筑波大学・楔形文字宗教文書の研究、アッシリアの研究、総括)
連携研究者: 渡井 葉子 (中央大学・新バビロニア・アケメネス朝ペルシャの研究)
連携研究者: 高井 啓介 (東京大学・楔形文字宗教文書の研究)
連携研究者: 伊達 聖伸 (上智大学・近代西欧におけるライシテ問題に関する研究)
連携研究者: 沼本 宏俊 (国士舘大学・考古資料の研究)
連携研究者: 津本 英利 (古代オリエント博物館・考古資料の研究)
連携研究者: 久米 正吾 (東京文化財研究所・考古資料の研究)
連携研究者: 河合 望 (早稲大学・エジプトとの比較研究)
連携研究者: 井上 文則 (早稲田大学・ローマ帝国、古典古代期西アジア諸宗教との比較研究)
連携研究者: 市川 裕 (東京大学・ユダヤ教伝統との比較研究)