計画研究10(A03)

 

 

堆積物に記録される西アジアにおける
第四紀環境変動の解読

 

 

安間 了

Ryo Annma
筑波大学生命環境系・講師

研 究 概 要

写真1 San Rafael Swell (Utah) で観察されるジュラ紀風成堆積物の

構造(a~c)と 三畳紀の古土壌(d)

 この計画研究では、東アフリカで人類の祖先が誕生し世界中に拡散していく架け橋となった西アジア地域で、人類の痕跡を探りながら、その時々の住環境の変遷を堆積物に残された記録から明らかにしていくことが目的です。
 氷河期と間氷期、あるいは乾燥・寒冷化や湿潤・温暖化といった地球規模の気候変動、砂漠化や季節風によって運ばれる風成塵の堆積、時々に起こる洪水は人類の生活をはぐくみ、あるいは脅かしてきたことでしょう。考古学遺跡の近傍に沼や湖があれば、底に溜まった堆積物の積み重なり方を調べ、柱状試料を採取し、これに含まれる有機物や珪藻・花粉等の微化石、磁性などを調べることによって、第四紀環境変動をサイトごとに明らかにしていくことができます。また、西アジアにはアラビア・プレートとユーラシア・プレートとの衝突に伴う第一級のプレート境界があり、地震活動も活発な地域です。日干し煉瓦で作られた住居など、地震のたびに瓦礫と化してしまったことでしょう。何千年もかけて海辺を辿って拡散した種族にとっては、地震による津波も大きな脅威だったかもしれません。湿潤な地域ではこのような地震イベントは、地層の液状化や湖沼堆積物中のタービダイト層の分布などによって推定することができます。
 けれども、西アジアといえば、皆さんはアラビアの広漠とした砂漠や、イランの広大な塩湖などを思い浮かべるかも知れません。それでは、地質の専門家はどのようにして砂漠のように広漠とした堆積物の中から古環境を推定していくのでしょう?中生代の北米大陸の例を取って説明しましょう。恐竜が大陸を闊歩していたこの時代、北米大陸にはサハラ砂漠にも匹敵する大砂丘が拡がっていました。それらは、Page砂岩、Navajo砂岩、Wingate砂岩などと名前をつけられた風成堆積物の地層として残されています(写真1a)。一見変哲もない風成堆積層に見えますが、この中の堆積構造をよく見ると、さまざまな現象を観察することができます。写真1bでは下側の赤茶けた細粒砂層の上に、よく淘汰された粒度の荒い砂からなる水平な地層が重なっています。下側の地層には斜めに横切るような構造や、地層面上にぼこぼこと凹型の構造が見えます。これらは、brine shrimpの仲間が作った巣穴の痕跡だと考えられます。ここではサブカやオアシスのようなwet ergが砂にのみ込まれていき、時代とともにやがてdry ergへと環境が移り変わってきたさまが読みとることができます。写真1cでは風成層の地層表面に、やや粗い礫がぽつぽつと分布しています。これは風で細かい塵が吹き飛ばされた後に残るdeflation lagsとよばれるもので、地下水面に近いところで発達する構造だと考えられています。写真1dには、水平な風成砂層の下にがさがさした感じの地層が分布していて、縦方向に伸びた筋のようなものが見えます。これらは三畳紀の植物根の跡で、当時地表は植生におおわれ、土壌が発達していたところに乾燥化が進んだことが読みとれるのです。このようにして地質学者は砂漠のような茫漠とした地層の中からも環境変動の痕跡を明らかにしていきます。このような観察をいろいろな場所で繰り返すことによって、中生代の北米大陸の古地理の変遷はかなり鮮明なイメージをもって理解されています。塩湖は蒸発作用が盛んに起こっている環境で発達しますし、堆積物を充填する膠着物質にも環境変動を読み取る情報が隠されています。イランの乾燥地帯だって、アラビアの砂漠だって、簡単なものだと思いませんか?


図1 アラビア半島における古環境変動のデータは、洞窟内の鍾乳石や湖堆積物、扇状地の発達や

サブカの分布などから研究されている(Parker, 2009など)。海域では海洋底掘削計画(DSDP/

ODP)による海洋堆積物コアが採取され、高知コア研究所に保管されている。考古学遺跡の分布は

Bailey (2009)をベースに最近のデータを加えた。白丸は、新石器か旧石器か定かでなかったサイト

である。

 それでは、この数万年の間に起こった、Homo Sapiens の出アフリカの経緯を考えながら、この計画研究の一端を紹介します(図1)。これまで現生人類の祖先は、シナイ半島を伝って出アフリカを果たし、そこから世界中に拡散していったという説が強力でした。最近では、過去十数万年間に何度か生じた氷期に陸化した紅海南端部とペルシャ湾を渡って西イランの地を踏み、そこから東西に拡散したという説が、にわかに脚光を浴びています。そしてそれを裏付けるように、 新・旧石器遺跡が発掘されてきています (図1)。一方、この説で人類が必ず通ったであろう紅海南端部には、アファール・プルームとよばれるマントルからの上昇流の影響を受けた火山活動と、それに伴った黒曜石の産地が分布しています。プルームに伴う火山岩や黒曜石はある特殊な組成を持ちますから、それをトレーサーにしながら人類の拡散過程と、その時々の住環境の変化を解き明かしていきたいと思っています。これらの火山のいくつかは1万年前以降に活動していたことが知られていますから、火山地質の調査をして、噴火年代を正確に求めることも重要です。このような火山活動は小規模な火砕流やテフラも伴っていたようです。我々の祖先は、海を渡るときにそのような火山活動を眺めていたかも知れません。
 この計画研究はおもにフィールドでの観察と試料採取を目的としています。採取された石器などの考古学試料や堆積物試料は、領域のほかの研究計画と密接に連絡を取りながら分析を進めていきます。黒曜石を追い求めながら、人類が体験したであろう風景や住環境の変遷を解き明かしていく、そんな研究にロマンを感じるあなた、ぜひ一緒にやりましょう。


 

研究代表者: 安間 了(筑波大学・ 地質学・研究全般)
研究協力者: Yıldırım Dilek (マイアミ大学・地質学・地質調査)